この消失に対する無力感の始まりは、
子どもの頃にあった両親の離婚だったのかもしれない。
そばにいてほしい味方がひとりいなくなる。
それだけでなく、大好きな人同士が喧嘩して傷つけあっている。事情があったのかもしれない。もうお互いにもうこの暮らしは耐えられないと話していたから。私が原因ではない、と思いたいのだが。
まだ大人の事情を読み切れない私には、結局明確な理由なんてなにも分からなかった。
「私のせいで喧嘩になった」
「私がいるせいで家庭が壊れた」
そう思っていた。
今でもその感覚は染み付いて離れていない。
学生時代の初バイト。分からないことが多すぎて怒鳴られる日々。庇おうとしてくれる人も何人かいたが、引き離されることが多かった。
社会なんて光も希望も何にもないのに、なぜこんな世界に出て働かなければいけないんだよ、と思っていた。
社会の歯車という言葉が大嫌いだ。社会を動かす一員という意味なのはわかるけど、まるで心を持たない物として扱われてる感じがするからあまり使いたくない。
高校卒業後の社会人生活がつらすぎて、先生と連絡を取っていたりもした。親との心の距離が適切に保たれていなかったから、何かを話したくても話せず、飲み込むしか無かった。
そんな中で日々の愚痴とか近況を報告できる先生、そして友達の存在が心の救いだった。
そこしかなかった。
救ってくれるものがなかった。
それがよくなかったのかな。
私にも相手にも別々の時間が流れている。
先生も異動したり生活が変わったり、友達も色々あったりしていくうちに、私の存在がたいして必要とされてない(むしろ煙たく思われてたかもしれない)ことに気づいて、徐々に連絡頻度は減り、ほとんど繋がりを絶った。
これから頑張っていこうとお互いを励ましあっていた同期は、別の部署に配属されて間もなく退職し、職場環境が合わなかった私も徐々に体調を崩して退職。それを機に同期同士の繋がりも消えていった。一緒に頑張ろうと言っていた同い年の同期に、自分が背負っていた苦しみが代わりに降り注ぐことになってしまったことが申し訳なくなってしまい、連絡するのが怖くなった。
「職場はお友達を作りに行く場所では無い」
周りの大人が言っていたことを学生時代から信じて、自分に言い聞かせてやってきたけど、間違っていたのか、私の加減が下手なのか⋯いや、それはそれで間違ってないと思う。
でも、職場で仕事としての味方が出来ても、仲間ができても、その人は組織や待遇に不満を持って辞めていった。
みんなそうだった。
条件がいい所が見つかったらそうなるよね。
不快な場所では働きたくないものね。
人それぞれに事情があるから、自分が原因になって辞めた訳じゃないことぐらい分かっている。
分かっているのに。自分を責めてしまうことをやめられない。
自分は組織を統括する長でもなんでもないけれど、それでも、もっと自分に出来ることはなかったのか?と考えてしまう。
同時に、「また味方が消えた」というかなしみと苦しさを感じる。
そもそもわたしは、群れを作って意味もなく騒ぐようなことにはひとつも憧れていない。
「自分の実現したいことには人が必要なので協力していただきたいです」という意味での仲間だけいたら。あとは、立ち直りにくい問題に巻き込まれた時に「ドンマイ」の一言をかけてくれるぐらいの、そのようなビジネスライクな仲間がいたら。
(本当は「仲間」という言葉を安易に使いたくもないのだけれど)
協力者については、無理!って言われたら、じゃあひとりでやる!ってなれる。いずれ自分が壊れてしまう原因になりうるのだが、まだ耐えられる気がしてしまう。
一方、ドンマイの一言をかけてくれる人の存在は大切にしたいのに、自分が関わってないところで問題が起きたり不満があったりして、いなくなってしまう。
これがかなりやられる。
物としての社会の歯車感が出てしまうからだ。
自分がやっている仕事はグループを作って進めていくようなものではなく、基本的に個人での作業になるため、協力者はいない場合が多い。そんな中でなにか自分から発案した時に背中を押してくれる人がいなかったりする。それだけならまだいいが、自分の発案が間違いだと言うぐらいの勢いで潰そうとしてくる人達がいると、数で負ける。ものすごく納得がいかない。第三者を入れたら私は間違ったことを言っていなかったということになる場合も多いが、第三者が入るまで責められて潰されかけた苦しさと傷が消えることは無い。
そこにドンマイと声をかけてくれる人も居ないとなるとかなり詰みの状態だ。
⋯と、ぼんやりした愚痴のようになってしまったが。
味方だと思っていた人が急に消えてしまうという場面をたくさん経験してきた。
安心を感じると警戒も追いかけてくる。
頼りにしてはいけないと思うからひとりでやろうとする。
ひとりで抱えきれなくなって助けを求める。
助けを求めたら断られ傷つけられる。
ドンマイの言葉をかける人は既にいない。
もう何も信じられない気持ちになる。
家にいても、急に家が壊されるかもしれないからと怖がるような、そんな不安定さに近い。
だから神経が休まらない。
ホッと安らぐ場面も少ない。
それもまた体調を崩す原因になったりして。
そして、そもそも生まれてきたこと自体が親だけでなく他の人たちに迷惑をかけて不幸にさせてるんじゃないかと、過去を振り返り自分のやってきたことすべてにバツをつけたくなる。
そんなところを無限ループしている。
もう仲間なんていらない。
そんな気持ちになる。
いなければ苦しくなるくせに。