又吉直樹さんの『第2図書係補佐』。
学生時代、暇つぶしに書店の中を歩いていた時、偶然この本に出会った。
一気に読んだ。初めて、心の底から面白いと思えた本だった。
そもそも又吉さんは、テレビに映るだけで悶絶するぐらい好きな人だった。でも「将来この人のお嫁さんになりたい!」などと夢を見て我を忘れるようなことはしなかった。しっかり現実を見て、偶像に恋をしているんだと自覚した上で、恋焦がれていた。
そんな人が書いた本を、たまたま書店で見つけることができた時、全身から汗が吹き出した。
『第2図書係補佐』毎日お守りのようにカバンに入れて持ち歩いていた。
どれだけ教科書やノートが多くても、書店でかけてもらったブックカバーの端がボロボロになっても、カバンに入れておいて、他の生徒から嫌がらせを受けた時には、カバンの中にある『第2図書係補佐』の存在を思い出して耐え凌いでいた。
その後も、又吉さんの著書だけでなく、又吉さんがオススメしていた本も読んでいった。学校で、好きな作家について自由に紹介と発表をする授業があり、又吉さんの著書を紹介し、それを見ていた先生が感動したのか、後日「又吉さんの本を購入しました!」という報告を受けたこともあった。
又吉さんは、私の感性と言葉の基盤を作り上げた人であり、言葉の美しさに惹かれるきっかけを作った人でもある。いまの私が言葉を大切にしたいと思えているのは、又吉さんがいたからだ。
でも、又吉さんに恋焦がれていながら、
「生で見れたら泣いちゃうかも!」
「握手したい!サインもらいたい!」
という願望は、全くと言っていいほど無かった。無くても構わない、無いまま年老いても良いと思っていた。
テレビで見れたり、ライブで見たり、本を読んで言葉に触れることができたら、それでもう幸せ。
それ以上に会うことを望む気持ちが無かったのは、遠慮していた訳でも、諦めていたわけでも、冷めたわけでもない。遠く離れた世界にいる人だから、会えなくて当たり前だと思っていた。歴史上の人物に会う、ということぐらい遠くて無理なことだと思っていた。
しかし、この度『生きとるわ』のサイン本お渡し会が開催されると知って、行くことに決めた。
「やっぱり会ってみたい」と思ったのも多少はあるかもしれないけど、そんなに強くは無い。会えたらそれはそれで嬉しくなるはずだけど、嬉しい以上に何も期待することは無い。こんなふうに書くと、すごく冷めてるみたいで申し訳なくなってくる。実感が無いというほうが近いか。
ただ、なんとなく、この長い年月を経て急にサイン本お渡し会に参加できる機会がおとずれたこと、そしてその情報をキャッチできたこと自体に、なにか意味があるような気がした。
いざ会場へ。
伝えたい言葉を最小限におさめて、頭の中で何回も唱えた。お会いした瞬間に真っ白にならないように。噛まないように。
冷静でいようとしたけど、列に並ぶとやっぱり又吉さんに会えることが信じられなくて、緊張を超えてニヤニヤしてしまった。
又吉さんに会った。
姿を見た瞬間に、心拍数がピキュィーンと、一瞬だけ上がった気がした。
さっきまで頭の中で唱え続けていた言葉は、飛ばさずに済んだ。
こんにちは、って言えた。本を受け取る時にも、ありがとうございます、って言えた。
ちゃんと伝えたいことを伝えることができた。学生時代から心にあった言葉。伝える時が来ないと思っていた、感謝の言葉。
ちょっと変な結び方にはなったけど、又吉さんが笑ってくださった。
確かにそこにいた。
学生時代から10年以上の時を経て、お会いできた。
伝えることができてよかった。
すごい人にお会いできたのに、終えた後はとても落ち着いていた。
気づいたら自宅まで帰っていた。帰っているときの景色が思い出せない。
静かで表には出せていないけれど、ちゃんと放心状態になるくらいには嬉しかったみたいだ。