私の両親は、昔から選挙に行かない。特に理由は無く、とにかく行かないと決めているらしい。
子どもの頃は、選挙に行かない親と一緒に選挙速報を見ていたので、選挙というものは、どこか遠い世界のお話だと感じていた。
高校生の時、面白い空気をまとった社会科の先生に出会ってから、それまで17年間嫌いだった社会科を好きになり、地理も歴史も、政治も面白いと思えるようになった。
当時、公務員を目指していた私は、筆記試験の対策のため、放課後や授業前の休み時間を利用して、この先生から社会科全般を教わっていた。教わっていると言うより雑談の延長線みたいな感覚で気楽に話を聞いていたので、時間はあっという間に過ぎていった。
そんな中で選挙の話題にもなったことがある。親が選挙に行かないと、その子どもも選挙に行かなくなりがち、という話をしていた。
先生は言った。
「でも、君がもう少し大人になって、選挙権を得たら、ちゃんと選挙に行きなさい。」
私が「先生は選挙に行ってますか?」と聞くと、
先生は「…私は行ってますよ」と、それまでより若干小さな声で答えた。行っていると信じたい。
それから大人になり、選挙権を得た私は、ちゃんと選挙に行く人になった。
親戚の間でも選挙に行くという人はいない。行かない、という話しか聞いたことがない。
そんな家系の中で、選挙に行く人間がここにひとり存在しているというのは、かなりすごい事なのではないか?
本当は、当たり前のように行くべきものかもしれないが、行かないという空気に流されず、自分で行くことを選択している。先生の教えのおかげだろうか。先生も選挙に行っていると信じたい。立場上行ってないなんて言えない…とかじゃなく、行っていると信じたいが、今の私にとっては、もうどちらでもいい事だ。結局、自分がどうするかだから。
ところで、投票所の近くには気になり続けているカフェがある。一度、立ち寄ろうかと思ったが、表のメニュー表を見ると、軽くひと息つくには手が震えてしまいそうなほど値段が高かった。諦めて牛丼を食べて帰った。お茶よりも牛丼が安いとは。