やりたいからやる、人のためにやる。
何かしらの欲望や衝動に駆られて動く人には心があって、熱を感じて、目に輝きもあるから好き。
でも、自分が楽しんでしている一方で、同じことを「やらなきゃいけない作業」として、義務としてやる人もいる。
人が心を込めて作ったものを、心無い人が作った人の目の前で壊したりもする。
例えば、貴方が紙に鉛筆で一生懸命かいた絵を、落書きではない絵を、他人から「これ消すね」と一言だけ言われて、消しゴムで跡形もなく消されたら、嫌じゃないのだろうか。紙を破られてもいいのだろうか。
貴方が長年かけて作り上げた素敵な庭に、通行人から空き缶や紙くずを投げ捨てられても、平気でいられるのだろうか。
単純なものだとしても、そう見えたとしても、そこには作った人の想いがあり、魂が込められていると思っている。
それを何も考えずに目の前で無にする人の気が知れない。知れなくていい。知ったら余計に絶望してしまいそうだから。
「法で定められてるから、ルールで決まってるから、やらなきゃいけない」ということは別として、
誰かが楽しんで、真剣に考えて、目をキラキラさせながらやってる物事に対して、
「やらなきゃいけない作業・仕事」とだけ考えて関わっていくのは、もはや失礼に値すると思ってる。熱量に差がありすぎる。
誰かを楽しませるためにやりたい。
自分がやってみたいからやりたい。
そして実行できたあとは、
自分の中で改善したほうがいい点や良かったところを心の中で振り返りながら、人や場所、使ったもの、作ったけど壊さなきゃいけないものに対して、感謝の気持ちを持ちながら、無にしていきたい。
心がある人と作り上げたらきっと楽しい。どこまでも進んでいけると思う。見ただけで感じるものがある。
別にやりたくないけどやらなきゃいけないからやる、言われたからやる、って思ってる人も、なんか伝わってくるものがある。どこまでも冷たく見えてしまう。
その冷たさに熱を持っていかれたくない。真剣にやってる自分が馬鹿みたいだとか思いたくない。