「100万回生きたねこ」。名作絵本。
100万回死んで、100万回生きて、生まれるたびに色んな飼い主に飼われたねこ。飼い主を嫌う代わりに自分のことが大好きだったねこは、ある時、誰のものでもない ねことして生まれた。そして白猫との出会いにより、ねこの生き方は大きく変化する。。。
3、4歳ぐらいの頃に、初めて読み聞かせしてもらって、静かに泣いた。
でも、生まれ変わりなんてないと思ってた。今は、半々くらいで考えてるけど、現世の記憶を来世に持って行けるわけではないから、今を楽しもうという気持ちで過ごしてる。
私は自分のことが嫌いだと思っていたが、過去を振り返っても、いまのことを考えても、寄り道しまくりながら日々を過ごしてきた自分のことが、結構好きであることに気づいた。
やりたいことは、だいぶ前からざっくりとだけど決まっていた。ただ、それだけで一生を終えるのはつまらないと思ったのと、いろんな立場や環境を体験して知っておくことが、やりたいことに役立つはずだと考えていた。
それで私は転職を繰り返してきた。ほとんどはアルバイト。アルバイトだと不安定なことも多くて、これだけ作業をしていても最低時給か…みたいなこともあったけど、色んな意味で自由度は高いから自分に合ってる感じがした。
趣味とか特技も幅広いと思う。お笑いで得た情報がキッカケでハマり始めたものがほとんどだから、狭いといえば狭い。
「なんでも出来るんだね」って言われることもあるけど、出来るかどうかを考えるより先に行動に移してるだけだ。
なにかあっても、なんとかなることを知っている。最終的に、時間がかかっても、おさまる場所に物事は収まっていく。
職を転々としてきたからか、生まれ育った家が不安定だからか分からないけど、変化に対して、あまり恐れを抱いてない。なにかを手放すことになっても、かなしんだりはするだろうけど、また新しいなにかを探そうとすると思う。
いま、寄り道しまくりながら、元々やりたかったことに、かなり近づいてきたけど、「やりたいことを通してやりたいこと」も出てきてる。
私は生まれ変われるか分からないので、一生の中でどれだけ死んで生まれ変われるかを、試してるのかもしれない。
他人の視線とか世間の普通などを気にして勝手に縛られたりもしてるけど、それでもかなり自由に過ごしてきてる方だと思う。行く先々で色んな人に出会って別れてきたし、それはこれからも繰り返されていくこと。
私的「白猫」には、もう出会ってるのか、これから出会うのか。
白猫と過ごすようになったら…落ち着くのか?寄り添うのか?
私の場合、ずっと家に帰らず動き回るか、家に引き篭って動き回るか、どっちかに偏りそうな気がしてる。誰かを愛し愛されて死にたいという願いみたいなものは何処かにあるけど。
結婚したい〜、とか言うとなんか急に薄っぺらいな。結婚ってただの契約だからな、って言うと冷たいな。結婚=幸せ、とは限らないことを、生まれ育った環境から教わったので、出来たらいいな〜ぐらいに思ってる。
自分ひとりではどうにも出来ないことなので、とりあえず今は自分のことに集中していよう。目の前のことに集中して進んでいるうちに、収まる場所に収まっていくね。