日付変わって今日は、M-1グランプリ2024の決勝戦が放送される。
さらに昼からは敗者復活戦も開催、放送される。年末のお笑いの日だと思ってる。
幼少期の頃からお笑い番組を見ていた。
M-1グランプリも、子どもの頃は ほぼ毎年リアルタイムで見ていた記憶があるが、ここ数年は、リアタイ率が下がってきている。
昨年に関しては、敗者復活戦だけ見れて、決勝は丸ごとリアタイで見れず、あとから録画で見た。ネット社会、どうやっても優勝者のネタバレは避けきれず、優勝者を知った状態で決勝の録画を見ることになってしまった。
結果を知っていても面白いことには変わりないんだけど、やっぱり勝敗がその場で決まるものはリアタイで見たい。
今年は、全部ではないけど決勝も見れる予定だった。お笑いに浸れる一日になるはずだった。
しかし自分の予定が変更されていくうちに、敗者復活も決勝も、両方とも全く見れないという可能性が出てきてしまった。
記念すべき20回目のM-1。そりゃ気になるに決まってる。それを少しもリアタイで見れないなんて!お笑いに浸ることすら許されないなんて!
仕事に追われてるので仕方が無い。これを私はネガティブな意味としては捉えていない。
悲しくはあるよ。見れないのは本当につらい。昨年王者になった令和ロマンの再挑戦がとても気になり続けていたし、ヤーレンズにも勝って欲しいし、他の決勝メンバーも個性がすごくて、敗者復活戦も気になる組があまりに多すぎる。最初からは見れなくても途中からは絶対に見たい。ああっ!どうにかならんのか!
全く話が変わるけど、私は転職の回数が同年代の中でもたぶん多いほうだと思う。
前に派遣の仕事を一瞬探してた時に、私の履歴書を見た派遣会社の担当の方が「こんな職歴ありえませんよ」と吐き捨てたぐらいだ。こちらの事情をなにも知らず、表面の情報だけでよくそんなこと言えるなとは思うけど、心無い人からだとそう言われてしまうほどには転々としている。
本命の職種に就く前に、他の業種、職種を経験することで自分のアイデアに幅を持たせたい、視野を広げたいという目的のために転々としていたが、今は落ち着いて本命の職種に就いている。
視野を広げるためとはいえ、どこに行ってもつらかった。社会や人の嫌な部分ばかりをたくさん見てきた。
「この作業は、人が足りてないから自分がやらされてるだけなんだよな」と感じる場面も多々あった。
燃料が切れるまで使われ続ける使い捨てのロボットみたいな感覚だった。
悪い意味で、自分の代わりなどいくらでもいた。少しでも劣っていたら使えないヤツ認定。いじめられた。無視されて、その場にいないことにもされた。上司に相談しても味方してくれない。自分のことを嫌いになっていくばかりだった。
でも今は、自分じゃないとできない事があるから仕事を任されている、という自覚がある。自分がいなければ回らない場面もある。自分にしか作れないものもある。それが時にプレッシャーになって苦しむことはあるんだけど、それすらも分かってくれているように思う。「なんじゃそれ?」と思われそうな提案をすることがあっても概ね歓迎してくれる。
とても良い場所、人々に出会えたと思っている。
いま、めちゃくちゃ作業に追われてるので、今日も働くことになった。
「人がいないから仕方なく」働かされるのではなくて、「私にしか出来ないことを任されてるから」働く。
ネガティブな意味として捉えていないというのはそういう部分があるから。
自分がこの世に必要とされてるのかされてないのか、誰かが必要としてくれるのかも分からず、どこかでモヤモヤしながらM-1を見ていた数年前。
ひとつ何かを得ると、ひとつ失うものがある。
楽しいことだけをして生きていくことは出来ないと聞く。
楽しみにしていたM-1を見れないのは、泣きそうなほどつらいけど、そのかわりに私じゃなきゃ出来ないことをするんだと考えたら誇らしくもある。見れないのはつらいけど。
コンビニのレジでお会計してくれた店員さんも、電車を運転する人も、いますれ違った人も、取引先の人も、電話をかけてきた営業の方も、みんなみんな、M-1を見たかったのに見れなくて、自分と同じように、畜生…って思いながら働いてるのかもしれない。
なにかしらの大会がおこなわれている間も世界は回り続けて、動き続けて、電気もガスも水道も止まらない。だからM-1が作られているし放送もされて、楽しめる人がいる。
私もこの世界を動かす力のひとつになっている。
社会の歯車、という言葉は人間のことを物みたいに扱っているようであまり好きではないけど、大量生産された同じ形の歯車なんてあるものか。すべては、変わりなき、ただひとつの形しかない歯車だけで出来ている。
今日仕事のあなたも、あなたにしか出来ないことがあるから、その場所に向かうのだろう。もっと褒められていいし自分自身のことを凄いと思っていい。
本当にお疲れ様です。
やることは違くても、誰かのため、なにかのために頑張る人、働く人は、みんな凄い。
どこかで頑張ってる誰かの姿を想像しながら、私も目の前のことを頑張ろう。
そちらも頑張ってください。
どうかお身体は大事に!
M-1少しでも見れたらいいな。
私は諦めきれてない。