青色茶碗

思考回路をクールダウンさせるために更新するブログ。AM0:00~AM8:00の間に投稿することが多いです。

娯楽に救われて生きている

幼少期の頃から自分にとって、家は安心できる場所とは言いきれなかった。

両親の怒鳴りあいに耳を塞ぎ、恐怖で泣くと「うるさい」と怒られ余計に喧嘩がヒートアップしてしまうので、私は声をあげずに泣くことを覚えた。

中学校では避けられた。寄ってきたかと思ったら嫌がらせだった。嫌がらせをされていても先生は見て見ぬふりをして、手を差し伸べてるように見せかけながら何もしていなかった。

人生初バイトをし始めてから、自分の想像よりも世界や人間というものが優しくないことを知った。メモをしようとしたらそんなの書くなと怒鳴られ、作業をしていても怒鳴られ、素早く手を動かしていても怒鳴られ、毎分のように怒鳴られ、いつからか感情が狂い始めた。

毎晩涙が止まらず朝方に寝ていた。学校では笑顔で居続けていたので、周りに苦しさが伝わることはなかった。クラスメイトが楽しそうにアルバイトの話をしてることが不思議だった。

 

正直いつ死んでもおかしくないと思っていた。

私は子どもであるうちにこの世を去るのだろうなと思い続けていたし、小学生になる前の時点で、人生など早く終わりたいと思ってた。保育園の卒園と同時に本気で死ねるものだと思ってた。

将来のことを想像しても常に真っ暗で、なにも見えなかった。自分が学校に行ったり働いてたり、結婚したり老人になったりしてる姿が少しも想像できなかった。

 

でもこんなに生きれてしまった。

現代の平均寿命を考えたら、まだまだ若い歳ではあるけど、こんなに生きるとは思ってなかった。

 

娯楽に救われ支えられて生きている。

幼少期の頃からほぼ毎週、お笑い番組を見ていた。お笑い番組やライブのDVDをレンタルして見ることもあった。KOCやM-1、R-1など賞レースの決勝も毎年見ていた。

眠れない夜はラジオ番組を聴いて、MDに焼いたお気に入りのラジオ番組と数百の曲を聴きながら眠った。

スケッチブックやコピー用紙に絵を描いて、自分の絵をいつも褒めてくれる友達に絵をあげたりもした。展示会にも出展した。絵を描いてると紙の中に意識がいくから余計なことを考えなくて済んだ。

 

生活の中で光り続けているもの。未来への道を照らし続けてくれた存在。自分にとって、なくてはならない。生きる気力のほとんどはここから得ている。私を素に戻してくれる。

 

これからも救われながら、その光を頼りにしながら生きていくと思う。

その光を受けて、私はこの世界で何を作り出していけるだろうか。