満員電車で、人混みの中をすり抜けないと降りられない時、人が道をふさいでいたら、どうするだろうか。
おそらく多いのは、「すみません、降ります」と言いながら降りていくパターン。あっ、この人は降りたいんだな、とすぐわかる。これが一番スムーズだろう。
頭ではわかっている。
でも私は「すみません、降ります」が言えない。
言えないというより、声が出ない。
言おうとすると、喉の手前で言葉が止まって消えていってしまう。
そもそも声が出ない、というわけではない。
ただ、人前では声が出なくなってしまうのだ。これは、子どもの時から続いている。
例えば、授業で発言をする時。手を挙げることはあまり無かったが、それでも稀に手を挙げたとき、そこで指名されたら、かなり緊張はするけど、それでも落ち着いて考えを述べることが出来ていた。
しかし、急に指名された時、一応発言はできても、発言する前に言葉が突っかかるような感覚になって、自ら手を挙げたときよりもスムーズにいかないことがあった。
あと一番声が出ない場面は、公共交通機関に乗った時。
冒頭にもあったとおり「降ります」が、どんなに困っても言えない。高校生の時でも言えなくて、私の代わりに近くにいたお姉さんが「降ります降ります〜!」と声を上げてくれたこともあった。
おそらく、他人が大勢いる場所が苦手なのだと思う。色々と気にする性格でもあるので、それも関係してるかもしれない。
私が言えない、言いにくい言葉
- 「降ります」
- 「通ります」
- 「後ろ通ります」
- 飲食店を出る時に「ごちそうさまでした」
- 呼び鈴がないお店で店員さんを呼ぶ
- 周りに複数人いる中で、注文や希望の商品を伝える
- 「お先に失礼します」
- 「お疲れ様です」
- 「こんにちは」
- 「こんばんは」
- 「おはようございます」
- 「ありがとうございます」
たぶん、他にもある。
個人的に、こりゃあ良くないなぁと思うのが「ありがとうございます」を言えてない時があること。口だけ動かせても声が出てないことが多い。感謝の気持ちでいっぱいでも、それをその場で伝えることが難しくなってしまう。
「お先に失礼します」なども、職場の同僚を前にして言おうとすると突っかかることが多くて、その突っかかりを乗り越えようと力を込めていると、不思議そうにこちらを見ている同僚がいたりして、焦ったりしている。
子どものときからこんな感じで、さらに親戚や友達の家に遊びに行っても、暴れることは無く、黙って正座をしていた。
小学生のときに神社でお祭りがあって、屋台をまわっていたら、クラスメイトとすれ違った。相手は私に気づいて名前を呼んでくれながら手を振っていたのに、私は相手の名前も言えず、手も振れなかった。
「中学、高校に入ればキャラ変するよ」
そうやって周りの大人からは期待をかけられていたが、実際の私は中学でも高校でも、明るくキャラ変することはなかった。
かわりに「ピエロのお面をつけて校内をうろうろ」することはあった。
部活動の勧誘を兼ねていた。お面をつけている間は、ほとんど喋ることがなかったものの、普段しないような動きを自然としていた。
さらに当時アルバイトに行く時は、その道中で「今日の私は、○○さん」と、特定の誰かのキャラを自分の中にインストールしていた。すると不思議と素の自分でいるよりも、比較的スムーズに話せていた。
このあたりで気づいたのが「別人になりきっている間は、声が出やすい」ということ。
しかも普段ぎこちない動きまでなめらかになる。なんとなく、心にバリアを張ったような感覚にもなって安心感が増す。
毎回インストールが上手くいくわけじゃないけれど、それでも意識するだけでだいぶ声の出方が変わったりする。
特定の場面で声が出ないのは、なにかの症状で、名前がついてるのかもしれないが、正確には何なのか分からない。
分かったところで、長年このような状態だから、治るにしても時間がかかると思っている。
ちなみに、インストールするキャラや特定の人物次第では、周りに引かれてしまったり、同一人物なのかと疑われたりもするが、見慣れていただくしかない。